今度、サンフランシスコかシカゴで試してみようっと
——————————————————–
そのコーヒー店にはいくつかの呼び名がある。「サードウェーブ(第3の波)コーヒー」「コーヒー界のアップル」「フェラーリ並みのコーヒー」……。アメリカ西海岸発祥のブルーボトルコーヒーのことだ。
2002年に元クラリネット奏者のジェームス・フリーマンが設立し、名だたるベンチャー・キャピタリスト(VC)や投資家から計4570万ドルの資金を集めている。コーヒー作りに時間をかけ、おいしさを追求する一方、2000ドル以上の高額なエスプレッソマシンをバリスタの90分の無料トレーニング付きで販売するなど、何かと話題を提供中だ。4月には、コーヒー体験をオンラインで提供するトニックスやハンサム・コーヒー・ロースターズを買収した。
フリーマンは、有名な楽団から声がかからないとクラリネット演奏をあきらめ、貯金を使ってサンフランシスコの東に位置するオークランドのアパートでコーヒーの焙煎を始めた。そして、バークレーのファーマーズ・マーケットでコーヒーを売り出した。その後、友人が持つサンフランシスコにあるガレージを借りて、常設のコーヒーのキオスクを始めた。
2010年にはニューヨークに進出を果たし、現在は東海岸に7店、西海岸に6店と、計13店を展開している。スタンフォード大学のそばにあるパロアルト駅の前にも開設間近で、ロサンゼルスでも店舗を新設中だ。IT関連の事業でもないのに、グーグル・ベンチャーズ、インデックス・ベンチャーズ、インスタグラム、ツイッターの設立者や、元グーグルのエグゼクティブたちが、この新しいコーヒー会社に相次いで投資している。彼らを魅了する理由は何だろうか。
■ 個性的で地域に合った店舗展開
ブルーボトルコーヒーは、大手コーヒーチェーン店と違い、各店舗が画一化されていない。所在する地域に溶け込むべく、それぞれの店に特徴がある。
たとえば、オークランド本社に併設するカフェは海側の倉庫街にあり、簡素で気取りがない。日曜と火曜の週2回、14時から始まるコーヒーの試飲会は予約が不要で、誰でも参加できる 。世界各地のコーヒー豆に対する顧客の反応を製品開発につなげる役割を担っている。チャイナタウンが近いため、中国系の客やブラジルからの観光客も訪れていた。
同じオークランドの高級住宅地オークランド・ヒルズのふもとにあるブロードウェイ店は、かつてはトラックのショールームで、20年以上借り手がなかった場所だ。店内の天井は高く、ゆったりしている。いつも生花が生けてある丸い木のテーブルに、地元の常連客がくつろぐ。住民たちの持つエスプレッソマシンを修理する場所も、カフェ内にある。150ドルを払えば バリスタにコーヒーの本格的な入れ方を学べる。まるで、アップルストア内で行われているマックブックの講習会のようだ。
オフィスやマンションの多いサンフランシスコ・南サウスマーケットにあるブルーボトルコーヒー店では、オフィスワーカーや住民のためにエッグベネディクトやスープ、サラダなど、食べ物のメニューを充実させている。平日は11時まで朝食、ランチは12時から14時30分まで、週末は14時までブランチを提供する。
サンフランシスコ・ミッション地区の広大なセラミック工場内にある店舗は、オープンスペースが多く、セラミックの売店があったり、セラミックの製造過程が見られたりする。人通りの多いエンバカデロ沿いの船着場でもあるフェリータワービル内の店舗は、アーケードの真ん中と北側の2カ所にコーヒーバーを常設。時には、ビルの外にコーヒーのカートも出す。周りにはトレンディなレストランや、オーガニックの野菜やチーズ、オリーブオイルを販売する店がある。アーティステックで流行のトレンドになっている都会の各所に、個性豊かな店舗を展開している。
■ ソムリエと話すようにバリスタと語る
実際に店舗を訪れた客に感想を聞いてみた。
「スターバックスの濃い味と違って、コーヒー豆を焙煎し過ぎていない。だから、苦くなく、甘味のあるマイルドな味」と常連のダイアン。ヨット乗りのダニエルは「焙煎してから10日経ったコーヒーを出すコーヒーチェーン店が多いと聞いたけど、ブルーボトルは目の前で豆を挽いて出してくれる。店員も感じがいい」と答えてくれた。
「朝はカプチーノ、昼はアイスコーヒーのニューオリンズ・スタイル・コールド・ブルゥ。もうほかでは飲めない」と語るのはマイク。マニアックな常連のジムは「ドリップコーヒーが好き。1カップずつ丁寧に入れてくれるのがうれしい。雰囲気が最高」と言う。ミルクで作った絵のある大きなカップで出てくるモカの1杯が、税込みで5ドル以上と高いのだが、アーティスト、エンジニア、銀行員、旅人らが列を作り、コーヒーが出てくるのを待つ間に会話する 。成功の秘密は、アメリカでは欠落していることの多い、徹底したカスタマーサービスとこだわりの味だ。
ブルーボトルのコーヒー豆は、CEOのフリーマン自らが買い付けている。小さな生産者から仕入れたフレッシュなオーガニックの豆を、軽く焙煎する。味は大手コーヒー店のダークで油っぽい味とは対照的で、柔らかく甘みがある。スターバックスと違って、無料WiFiサービスはない。
目指しているのは、コーヒーのレストラン。パソコンを打ちながらコーヒーを飲むのではなく、コーヒーを出すバリスタとコーヒー談義をする。つまり、コーヒー主体で、客がソムリエとワインの話をするように過ごすことを狙う。店を構える場所も都会のトレンディで面白い所を選び、最高においしいコーヒーを出す。
フリーマンは「おいしいものに敬意を払っている。われわれはエクセレンス(卓越)を追い求めている」 と、5月6~7日に オークランドで開催されたスタートアップ会議(ヴェーター・スプラッシュ・コンフェレンス)で述べている。また、同店でコーヒーを煎じて出すバリスタは、バリスタ陪審員の前での試験に合格した者に限られている。
■ 「第3の波」は東京江東区にも到達
真空パックの開発によって世界中で幅広くコーヒーが飲まれるようになったのが、コーヒーの第1の波。深煎りで苦みを楽しみ、味を重視しながらマニュアル化したのが第2の波。スターバックス、タリーズ、ピートコーヒーなどがこれに該当する。そして、最高のコーヒーを顧客に提供するというこだわりの味が第3の波だ。ブルーボトルコーヒー、シカゴのインテリジェンシアコーヒー、ノースカロライナのカウンターカルチャーコーヒーなどが当てはまる。
一般的なコーヒーの販売は伸び悩んでいるが、マイクロ・ブリュー・コーヒーの売り上げは約10 %伸びている 。ブルーボトルに投資したVCは「大都市で産地を厳選したフレッシュなコーヒーが流行っており、これから必ず大きく伸びる」と語る。今までブルーボトルの店舗がなかった南カリフォルニアでは、西ロサンゼルス郡のカルバーシティの元日産ショールームに店舗を開設する予定だ。
ブルーボトルは店舗展開だけでなく、コーヒー豆、物品販売、小売り事業も進めている。同店内ではエチオピア、エルサルバドル、ブラジル、スマトラのコーヒー豆が売られ、ネットでも販売中だ。人気のニューオリンズ・スタイル・コールド・ブルゥは315ミリリットルのカートンで、値段は約4ドル。ホールフーズマーケットなどで今年初旬から売り出されている。
フリーマンの視線は米国内だけにとどまらない。実は、彼が19才の時に東京を訪れている。おカネがないのでコーヒーをよく飲んだというフリーマンは、アメリカでは見かけないサイフォン式やドリップ式のコーヒーに出合い、大きな影響を受けた。日本進出はフリーマンの長年の夢だったのだ。
2014年にはブルーボトルコーヒー・ジャパンを設立し、江東区の清澄白河に土地を買った。米メディアは、同社が東京での事業に500万ドルを投じると報じている。第3の波の本場の味を日本でも味わえる日が近づいている。