アメリカの寄付は美徳かそれとも偽善か?

アメリカではこの季節になると、会社、ボランティア団体、非営利団体やらが寄付を求めて大騒ぎになります。
我が家にも良く電話がかかってきます。中には失礼な奴が沢山いて、録音テープのように一方的にしゃべり続けて会話にならない奴から、電話にでると本当に録音テープを流すのもいます。郵便もしかり、寄付をして欲しいのでクレジットカードの番号を書いてここに返送しろやら色々です。
 
アメリカの寄付はキリスト教の影響もあるかとは思いますが、私は殆どのケースは偽善だと思っています。なぜ、この年末の時期にこうした大騒ぎになるかと言えば、結局、12/31までに寄付するれば税金でその年の控除対象になるからで。高額寄付をする人は、税務署に出す為に領収書を求めます。
 
今日のニューヨークタイムスの記事に、「United Homeless Organizationというニューヨークのホームレス救済団体が、マンハッタンの街中で社会鍋のような容器を使って募金を求めている。寄付金はホームレスの食事や病気の治療、そして更正などに使われるとうたわれている。その寄付金の行き先にもともと懐疑的だったが、今回の一件でもっと懐疑的になった」という記事が載っていました。何かといえば、ある弁護士事務所の調査で、どうもこの団体の役員2人が単に自分たちの私腹を肥やすために資金が使われていただけで、ホームレスにいった資金はないという事がわかったそうです。
 
まあ、この記事がこの国のキリスト教をベースとした偽善を象徴しているのではないでしょうか。会社ではGiveやDonationと称して、Donationをencourageするような話を会議でされることがあります。そんな時、決まってアメリカ人などが得意げに「私は毎週教会に行ってこんなことをボランティアでしています。うんたらかんたら。」と説法をしたりします。私はこうした話を全面否定するつもりはありませんが、人種も習慣、そして考え方も人それぞれ違う多民族国家で、そんな特定の価値観を押し付けられても迷惑としか感じません。また、アフリカ出身の社員がアフリカには恵まれない子供がいて病気やなんたらで毎日何人死んでいます。みたいなことを言って社内で募金援助みたいなことをする人も時々います。何を思い浮かべて行っているのかはわかりませんが、私はこうしたのも嫌いです。
 
寄付するかしないかは個々人の自発意思で決め手やればいいことで、何かこうして即されるものではないと思います。逆にこうした価値観の共有を求められると、時に不快に感じます。そういえば話は変わりますが、時々、99号線の北の方やシアトルの南の方を車で走っていると信号機のところにホームレスがいて赤信号で止まっている車に物乞いにきます。お金や物を恵んでもらうのを当然の権利だと思っているのでしょうか?時々ですが何もあげないと罵声を浴びせたり威嚇したりするのがいます。先日は道路に靴を投げつけているのもいました。景気が悪くていらいらしてるのかもしれません。偽善の恩恵が不景気で目減りしてこうなってくるのかも知れません。ちなみにこうした行為は全てIllegal(違法)です。また街中で物乞いをしつこくしたり、歩行者にくっついて歩いて続けることもIllegalです。

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